最近は「若手は残業しない」「ワークライフバランスを重視する若者」といった話がよく出てくる。昔の感覚からすると、「最近の若者は仕事に対する熱意がない」などと言いたくなる人もいるかもしれない。
しかし、少し考え方を変えてみる。
若手は定時で帰ればいい。むしろ、そのほうがおじさんには都合がいいのではないか。
そんな少しひねくれた中年サラリーマンの生存戦略についてちょっと考えてみた。あくまで思考実験程度のものだと思って読んでほしい。
年齢を重ねるほど会社での存在価値は落ちていく
会社員として長く働いていると、ある時点から自分の市場価値や会社内での存在感が少しずつ変わってくる。若い頃なら新しい仕事を任される。新しい知識を吸収することも期待される。多少経験が足りなくても、「これから成長する人材」として見てもらえる。
ところが、40代、50代と年齢を重ねていくと、そう単純ではなくなる。若手のほうがITに詳しい。新しいツールへの適応も早い。体力もある。会社から見れば、人件費も若手のほうが安い。
もちろん、中高年には経験や人脈、判断力といった若手にはない武器もある。それでも、単純に「普通に仕事をしているだけ」で存在感を維持するのは、年齢とともに難しくなってくるのではないかと思う。
そこで何か別の武器が必要になる。その一つが、意外にも「時間」なのではないか。
若手が定時で帰るなら、それはそれでいい
最近の若手は、昔ほど残業をしない。
- 「仕事が終わったら帰る」
- 「プライベートを大切にする」
- 「必要以上に会社に時間を使わない」
こうした価値観が広がっている。これを「最近の若者は……」と批判する人もいる。しかし、中高年側からすると、必ずしも悪いことではない。
むしろ、
「そのまま定時で帰ってくれればいい」
と考えてみてもいいのではないか。若手が定時で帰る。その後も仕事が残っている。だったら、その仕事を自分が引き受ける。若手と同じ時間帯で競争する必要がなくなる。若手が帰った後に、自分だけが仕事を続ける。
これは見方によっては、かなり分かりやすい差別化になる。
「残業」という古い武器を使ってみる
中高年には、若手にはないものがある。それは、残業に対する心理的な抵抗の低さかもしれない。もちろん、すべての中高年がそうだとは思わない。ただ、かつての会社員生活では、今よりも長時間働くことが当たり前だった時代を経験している人も多い。
今では労働時間に関するルールも整備され、残業に対する考え方も大きく変わった。それでも、「仕事が残っているなら多少遅くまでやる」ということに、若手ほど強い抵抗を持たない人もいるだろう。
だったら、この古い武器をあえて使ってみる。若手が「時間」を使わないなら、自分は「時間」を使う。若手がワークライフバランスを重視するなら、自分は会社での成果を重視する。そんな住み分けもありなのではないかと思う。
生産性が落ちても、生産高は増やせるかもしれない
もちろん、残業すればするほど優秀という話ではない。むしろ長時間労働によって集中力が落ちれば、生産性は下がる。
例えば、8時間働いて100の仕事をこなせる人が、10時間働いたから125の仕事ができるとは限らない。100、110程度にしかならないかもしれない。
それでも会社が最終的に見ているものの一つは、「どれだけの仕事を生み出したか」という生産高だ。
生産性が多少落ちたとしても、投入する時間を増やすことで、結果として仕事量を増やせる可能性はある。もちろん、残業代や健康面、仕事の品質まで考えれば単純な話ではない。ただ、「生産性が低いから時間を使ってはいけない」という考え方だけが正解とも限らないと思う。
特に、経験のある中高年なら、若手よりも仕事の全体像が見えている場合もある。そこに時間を投入すれば、単純作業だけではなく、トラブル対応や難しい案件の処理などで成果を出せることもあるだろう。
「若手は残業しない」と批判するのは、自分の首を絞めている?
ここが今回一番言いたいところだ。
- 「最近の若手は定時になると帰ってしまう」
- 「昔はもっと働いた」
- 「仕事への責任感が足りない」
そんなことを言う中高年社員がいる。しかし、もし自分が中高年社員だったら、少し考え方を変えてみてもいいのではないかと思う。
若手が残業するようになれば、自分の競争相手が増える。若手が夜まで働くようになれば、自分と同じ土俵で仕事をすることになる。一方で、若手が定時で帰るならどうだろう。
会社に残っている時間では、自分のほうが圧倒的に長くなる。そこで成果を出せば、「あの仕事を最後までやったのは誰か」という話になる。
つまり、
「若手は残業しない」と嘆くことは、もしかすると中高年自身にとって得策ではないのかもしれない。
むしろ、
- 「若手は定時で帰っていいよ」
- 「プライベートを大事にしなよ」
と送り出してあげる。
そして自分は残る。
少し意地悪な見方をすれば、これは若手のワークライフバランスを尊重しながら、自分のプレゼンスを高める戦略にもなる。
「理解のあるおじさん」を演じながら残業する
例えば、若手社員に、
- 「今日はもう定時だから帰っていいよ」
- 「残りは俺がやっておくから」
と言う。
若手からすれば、ありがたい上司かもしれない。「最近の若者は残業しない」と文句を言う上司より、よほど付き合いやすい。
しかし、その裏側では自分が仕事を引き受けている。もちろん、これを「若手を利用する」と考える必要はない。若手には若手の生活があり、中高年には中高年の会社員生活がある。若手が時間を大切にするなら、それを尊重する。その代わり、自分は会社での成果を取りに行く。
そんな交換条件のような考え方もできる。
ただし、「残業するだけ」では意味がない
ここはかなり重要だと思う。単純に会社に長く残っていればいいわけではない。毎日遅くまで残っているのに、たいした成果が出ていなければ、
「仕事が遅い人」
と思われるだけかもしれない。
さらに、
「何でも引き受けてくれる便利な人」
になってしまう危険もある。
これは中高年にとってかなり怖い。仕事を断らない。残業もする。困ったときには頼れる。そうなると、評価されるどころか、単純に仕事を集められる可能性もある。
だから、残業をするなら、単なる労働時間ではなく成果に変える必要があると思う。
「残業時間」ではなく「残業で何を生み出したか」
例えば、
- 若手がやりたがらない難しい仕事を処理する
- トラブル対応を引き受ける
- 誰も手を付けていない仕事を片付ける
- 業務改善を進める
- 顧客対応をする
- 数字に直結する仕事をする
などだ。
「昨日は22時まで働きました」ではなく、「昨日の残業でこの案件を終わらせました」と言えるほうがいい。
結局のところ、会社での評価につながるのは、残業した時間そのものではなく、その時間で何を生み出したかだと思う。
もちろん、この戦略には賞味期限がある
ただ、この方法をいつまでも続けられるとも思わない。年齢を重ねれば体力は落ちる。健康上の問題も出てくる。長時間労働が原因で体調を崩してしまえば、会社での存在価値どころではない。
そもそも会社が「長く働く人」を評価しない可能性もある。今後はAIや業務効率化によって、「時間を投入すること」そのものの価値が下がっていく可能性もある。
だから、残業はあくまで一つの武器にすぎない。それだけに頼るのは危険だろう。
「若手は定時、おじさんは残業」という奇妙な共存
若手は定時で帰る。おじさんは残る。
こう書くと、なんとも古臭い会社員生活に見える。しかし、これを少し違う角度から見ると、案外合理的なのかもしれない。
若手は自分の時間を守る。
おじさんは会社での成果を取りに行く。
若手が「時間」を重要視するなら、おじさんは「成果」を重要視する。そして、おじさんが残業しているからといって、若手まで残業する必要はない。そんな関係が成立するなら、若手にとっても悪い話ではない。
おじさんにとっても、若手と同じ土俵で「若さ」や「新しいスキル」を競う必要がなくなる。
「今どきの若手は残業しない」を嘆く必要はない
会社員として年齢を重ねると、若手だった頃と同じ戦い方ができなくなってくる。
そこで、
「若手には若手の戦い方がある」
と割り切る。
若手が定時で帰るなら、それを批判しない。
むしろ、
「いいぞ。そのまま帰ってくれ」
くらいに思っておく。
そして、自分は自分の戦い方をする。残業という、今では少し古い武器を使ってでも成果を積み上げる。
もちろん、健康を壊すほど働く必要はないし、残業そのものを美徳にする必要もない。
ただ、年齢を重ねるほど会社での存在感が薄くなっていくと感じるなら、若手と同じ方法で競争するのではなく、自分がまだ使える武器を探してみるのも悪くないと思う。
若手がワークライフバランスを選ぶ。おじさんは残業を選ぶ。それでいいのかもしれない。
そして、「今どきの若手は残業しない」と文句を言っているおじさんには、一度こう聞いてみたい。
「それ、本当に若手に残業してほしいんですか?」
もしかすると、若手が定時で帰ってくれるほうが、あなたにとって都合がいいのかもしれない。
