一般人が「危険」と感じるものを、彼らは感じない
SANAEトークンが世間を騒がせた。現職閣僚の名前を冠したミームコインの発行という行為は、多くの人が「あり得ない」「常識外れだ」と眉をひそめた案件だ。しかし、こうした騒動が起きるたびに私が感じるのは、「なぜ彼らはやってしまうのか」という疑問よりも、「なぜ彼らには止まれないのか」という構造的な問いだ。
今回の仕掛け人とされる溝口氏にしても、かつて証券取引法違反で逮捕されたホリエモン(堀江貴文氏)にしても、世間から見れば「なぜそんなリスクを冒すのか」と映る行動を、当の本人たちは特段リスクとも感じていないのではないか。これは無知や無謀とは少し違う。一種の「リスク感度の欠如」とでも言うべき気質が、彼らには生まれながらに備わっているのだ。
起業家に共通する「一種のサイコパス性」
心理学や行動経済学の世界では、成功した起業家とサイコパス的な気質の間に相関があることは、すでに指摘されている話だ。「サイコパス」という言葉はセンセーショナルに聞こえるが、ここでいうのは連続殺人犯の話ではない。恐怖心の低さ、損失への鈍感さ、自己確信の強さ、リスクをリスクとして認識しにくい気質——そういった特性の話だ。
凡人は橋を見て「渡れるかどうか」を慎重に検証する。しかし起業家気質の人間は、橋の先にある景色を先に想像する。橋が危ないかどうかより、向こう岸に何があるかの方が脳の処理能力のほとんどを占めてしまう。SANAEトークンの件も同様で、「政治家の名前を使ったコインを発行する法的リスク」よりも、「うまくいったときの爆発的な話題性と利益」の方がリアルに見えていたのだろう。
これは批判でも擁護でもなく、気質の話だ。
だからこそ、彼らは成功する
逆説的だが、この「危険に鈍感」という性質こそが、起業家を成功へと押し上げるエンジンでもある。
スタートアップの世界では、9割のビジネスが失敗するといわれる。普通の感覚を持った人間なら、その確率を知った時点で踏みとどまる。「失敗したら借金を抱える」「家族に迷惑をかける」「世間体が」——凡人の脳はブレーキを踏む材料を無限に生み出す。しかし起業家はそのブレーキが壊れている、もしくは最初からついていない。
ホリエモンが逮捕後も変わらず前進し続け、今や最も影響力のある実業家の一人として活動しているのは偶然ではない。失敗や社会的制裁を経験しても、そもそもそれを「致命的なこと」と認識する回路が弱いのだ。これは一種の才能といっていい。
なぜ経営者に女性が少ないのか——反社会性と性差の関係
ここで一つの仮説を提示したい。「起業家に必要な気質と性差の関係」だ。
世界中のデータを見ても、経営者・起業家に占める男性の割合は圧倒的に高い。これをジェンダー差別や機会の不平等だけで説明しようとすると、どこかで議論が詰まる。もちろん社会的・構造的な障壁は確実に存在する。しかし、もう一つの視点として「反社会性の男女差」という切り口がある。
犯罪統計を見ると、どの国でも男性の犯罪率は女性を大きく上回る。これはリスクへの鈍感さ、衝動性、規範への挑戦といった特性が、平均的に男性に多く分布していることを示す一つの指標だ。もちろん個人差は大きいし、女性の起業家が少ないのはそれだけが理由ではない。しかし、もし「起業家として成功するためには一定の反社会的気質が必要」という前提が正しいとすれば、統計的に男性の起業家が多いことには、文化的背景以外の説明軸が存在することになる。
光と影を同時に見る
SANAEトークン騒動は、ある意味で起業家という存在の縮図だ。社会のルールの隙間を縫い、誰もやらないことをやり、批判を浴びながらも前に進む。そのエネルギーは、時に法律や倫理の境界線を踏み越える。
しかし同時に、そのエネルギーが新しい産業を生み、雇用を生み、技術を前進させてきたのも事実だ。イーロン・マスクしかり、スティーブ・ジョブズしかり。「普通じゃない人間」が世界を変えてきた歴史は長い。
私たちは彼らの行動を批判することも大切だが、なぜ彼らがそう動くのかを構造として理解することも、同じくらい重要だと思う。起業家の「狂気」と「才能」は、コインの表と裏だ。SANAEトークンはその両面を、少々刺激的な形で私たちに見せてくれた事件だったのかもしれない。
