子どもを産め・でも子どもは静かにさせろ。少子化社会の嫌な圧力



少子化が問題になって久しい。ニュースを見れば、出生数の減少、人口減少、社会保障制度の維持、労働力不足など、少子化に関連する話題が次々と出てくる。

少子化対策が必要なのは分かる。人口が減り続ければ、社会のさまざまなところに影響が出るだろう。

ただ、最近の「少子化対策」をめぐる空気には、僕は少し気持ち悪さを感じることがある。

結婚するかどうか、子どもを持つかどうかという、本来かなり個人的な選択にまで、社会全体から圧力がかかっているように見えるからだ。

結婚も出産も、本来は自由じゃないのか

結婚するかどうかは本人の自由だと思う。

子どもを持つかどうかも同じ。経済的な事情がある人もいるし仕事を優先したい人もいる。そもそも結婚や子育てに興味がない人もいる。パートナーとの間で、あえて子どもを持たないという選択をする人もいる。それぞれ事情が違う。

ところが「少子化」という社会問題の話になると、どうも話が変わってくる。

結婚していない人には「結婚しないの?」と言われ、子どもがいない人には「子どもは作らないの?」と言われる。本人にとっては人生の大きな選択なのに、周囲からすると簡単な人生相談のように扱われてしまう。

もちろん、昔からこういう圧力はあったのだろう。ただ、少子化が社会問題として大きく取り上げられるようになったことで、それがより強くなっているようにも感じる。

結婚しない人、産まない人にはラベルが貼られる

インターネットを見ていると、結婚や出産をめぐる言葉はかなり攻撃的になっている。

結婚できない男性を「弱者男性」と呼んだり、結婚や出産を選択しない女性を揶揄したりする。

もちろん、こうした言葉を使う人すべてが本気で社会全体に圧力をかけようとしているわけではない。ネット上の単なる煽りも多い。

それでも、こうした言葉が普通に飛び交うことには違和感がある。

自由な社会なら、結婚してもいいし、しなくてもいい。子どもを持ってもいいし、持たなくてもいい。少なくとも、その選択だけを理由に人間として優劣をつける必要はないはず。

じゃあ、子どもを産めば歓迎されるのか

ところが、ここがさらに面白い。

「少子化なんだから、みんな子どもを持てばいい」という話になる。

じゃあ、実際に子どもを持った人は社会から歓迎されるのかというと必ずしもそうではない。

レストランに行けば「子どもの声がうるさい」と言われる。電車に乗れば「ベビーカーが邪魔」と言われる。子育て世帯を支援するために税制優遇などを行おうとすれば「子持ちだけ優遇するのはおかしい」という反発も出てくる。

もちろん、子どもが騒いで周囲に迷惑をかけることまで、すべて「子どもなんだから仕方ない」で済ませればいいとは思わない。ベビーカーだって、混雑した場所では邪魔になることがあるのもわかる。周囲への配慮も必要なのもわかるのだが..。

ただ、社会全体で考えたときに少し不思議な構図になっていないだろうか。

「子どもは増えてほしい。でも自分の生活には影響してほしくない」

そんな空気がどこかにあるように感じる。

「子どもを産め」と「子どもは迷惑」が同居している

少子化対策の議論では、「子どもが増えないと日本が大変になる」という話がよく出てくる。それはその通りなのだと思う。

でも、そこで生まれた子どもは、当然ながら静かな人形ではない。

泣くし、騒ぐし、走り回る。

親だって最初から完璧に子育てできるわけではない。

それなのに、「少子化だから子どもは増えてほしい」と言いながら、実際に目の前に子どもが現れると「うるさい」「邪魔だ」となる。

この矛盾は結構大きいと思う。

「日本のために子どもは産んでくれ。でも、その子どもが自分の快適な生活を邪魔するのはやめてくれ」と言っているようにしか見えない。

それでは、子どもを持とうと思う人が減ってしまうのも無理はないのではないか。

僕が女性だったら、まず産まないと思う

これは完全に僕個人の感覚だが、もし僕が女性だったら、今の社会を見て「まず子どもは産まないかな」と思ってしまう。

妊娠や出産そのものの負担があるし、その後には育児がある。仕事との両立もある。当然自分の時間も減るし経済的な負担もある。

そこまでして子どもを持ったとしても、「少子化なんだから産んでくれてありがとう」と社会全体が温かく迎えてくれるわけでもない。むしろ、「子どもがうるさい」「ベビーカーが邪魔」「子持ちばかり優遇されている」と言われる。

一方で、子どもを持たなければ「なぜ結婚しないのか」「なぜ子どもを産まないのか」と言われる。これでは、どちらを選んでも何か言われる。

だったら、最初から子どもを持たないという選択をする人がいても、まったく不思議ではないと思うし僕が女性なら産む選択はできないな。

少子化対策は「産ませること」ではないと思う

少子化を止めたいのであれば、結婚しない人を責めたり、子どもを持たない人に罪悪感を与えたりするよりも、子どもを持ちたいと思った人が安心して持てる環境を作るほうが重要。

子育てにお金がかかるし仕事との両立が難しいし保育や教育にも不安がある。なおかつ周囲に迷惑をかけないように常に気を使わなければならない。

こういう状況を放置したまま、「少子化だから子どもを増やしましょう」と言っても、なかなか響かないだろう。

子どもを持たない人にも「あなたはあなたの人生を選べばいい」と言える社会であるべきだと思う。

少子化対策と個人の自由は本来対立するものではない。「産め」と圧力をかけるのではなく、「産みたいなら、産んでも大丈夫」と思える社会にするべき。そのほうが、ずっと自然。

少子化という大きな問題を語る一方で、目の前の子どもには厳しい。子どもを持たない人には冷たい。子どもを持った人には「優遇されている」と文句を言う。

そんな社会を見ていると、「そりゃ少子化も進むよな」と僕は思ってしまう。