「努力する」って愚直さと勘違いしがちだけど実際は頭を使って戦術を駆使することなんだよね



よく「こんなに努力しているのに」みたいなこと言っているのを見るたびに、この人は努力を履き違えているなーって思わずにいられません。

一生懸命働く傍ら宗教やスピチュアルにハマるところなんて典型的で、本人は努力していると思っているのだろうけど、宗教やスピチュアルはとどのつまり楽して幸せになりたいという願望があるだけなので、僕からすると何サボっているんだよって思ってしまいます。

雑誌の巻末に幸せになるネックレスとかも典型的で、古くは風水もそうなんだけど、あんなもので人生に1mmも影響しません。でもそれに手を出してしまうのは努力をスキップしてお金や幸せを手に入れたいってだけで。

もちろん僕も神社でお守りや御札を買ったことあるけど、どちらかというと風習みたいなもので、古くから伝わるものへのリスペクトみたいなものです。その意味では亡くなった父の墓まいりもその位置づけです。新興系のものにはバカバカしくて買う気になりません。

なんでこんなことブログに書いたかというと、Youtubeで↓こんな動画を視聴したからです。



努力するって体力を使ったり愚直に仕事したり、コンプレックスを悩みに悩んだりすることを指す場合が多いのですが、(もちろんそれも努力の1つなんだろうけど)騙される人の典型って頭を使うことへの努力を忘れている人なんですよね。