働き方改革を目指す人に考えてほしい「自分の専門性」はどこにあるか?ってこと


この記事が急に読まれるようになりました。バズというほどじゃないけどPVが急に上昇しました。

教員の労働環境が悪いって話をよく目にするけど、これをやれば劇的に改善するんじゃないかな
https://highday-wood.blogspot.com/2017/11/blog-post_7.html

調べてみると、この記事で取り上げている斉藤ひでみさん(@kimamanigo0815)の目に留まってTwitterで取り上げてくれたみたいですね。


ちょっと反省すべきは、この記事で取り上げた内容は少し突拍子もない(でも割かし本気で思っている)内容だった点かなと。現実的じゃないと問題の渦中にいる人たちに響かないなって思いました。

まあ、具体的な施策は現在活動している斉藤ひでみさんたちが進めているので、それを応援する意味でも記事にしたのですが。ただ1つ目の提案以外はかなり現実的ではなかったですね。

今回書こうと思ったのは、ちょっと抽象的になりますが、教師に限らず働き方改革をする上で念頭に置いてほしいことです。

僕は自分自身の働き方を見直す際に、都度必ず反芻していることです。

「自分の専門性」はどこにあるか?

「働き方を見直そう」と思った時って、長時間労働していたり仕事が思った以上に進まなかったり、成果が上がらなかったり、何かしらの業務遂行上の問題に直面した時だと思います。

無駄な仕事を削ぎ落したい、と思った時に、改めて「働き方を見直したい」と思うわけですね。

この時、念頭に置いてほしいのは、自分の仕事のコアである「専門性」がいったい何なのか思い返してほしいんです。

その”コア”は削ぎ落しちゃダメだんですね。それ以外のものが「ムダ」であって、そこにテコ入れをしなきゃけないんです。「コア」に手を出しちゃダメです。

コア以外を「ムダ」と言ってしまうと、「自分にはムダな仕事はない!」って思われちゃうので、言い方として「付加価値」と言い換えた方がいいかも。

仕事には「コア」と「付加価値」の2つがある
斉藤ひでみさんの例でいくと、教師の専門性(=「コア」)は、生徒の学力を上げることです。それ以上もそれ以下もありません。

部活動や生活指導や運動会や地域活動の参加はあくまで「付加価値」です。(僕はムダと言いたけどね)

まず、ここを整理しなければなりません。

学校の前身は(いろいろ説はあるけど)「寺子屋」であって、設立理由は一般人の読み書き計算を教えたことにあります。明治になってそれが小学校に変わったんですね。

なので、学校の役割の中核は「生徒の学力を上げること」なのです。

ところが、今の学校はそれ以外の「付加価値」部分にフォーカスされすぎてしまったようです。教師の時間が「付加価値」部分に多くの時間を費やして「コア」である教育の質が低下する(一歩手前)という事態に陥ってしまっているわけですね。

今は長時間労働することで何とかなっているようですが、長続きするとは思えません。特に負担の大きい部活動を時間短縮するとか外郭団体にまかせる、といった斉藤ひでみさんの提言は正しいと言えます。

部活動の時間を減らすと保護者からクレームが出るという別の教師の家族のツイートもありましたが、保護者こそこの状況に危機感を持たなきゃいけないんですよね。学校の本来の役割である学力を上げる機能が低下する事態に来ているのですから。

これは他の仕事にも言えること

保育士の長時間労働も問題になっていますが、保育士の「コア」は「安全に子供を預かる」という点であって、イベントの対応や保護者へ対応はあくまで「付加価値」なのですが、一度その付加価値部分を見直した方が良いと思いますね。

「温かみがあるから」という理由で、イベントの装飾をすべて手作りにしていると聞いたことがありますが、この辺りの意識改革も必要なんじゃないかと。

前にも書きましたが、「必要のない仕事をなくそう」という考えだと、仕事は減りません。なぜかというと、すべての仕事に何かしらの「必要性」があるからです。

生産性を上げるために諸悪の根源の会議をどうするか考えてみた
https://highday-wood.blogspot.com/2017/10/blog-post.html

「必要か」「不要か」という仕訳け方ではなく、「コアか」「付加価値か」という仕訳け方をすることで、削ぎ落すべき業務が見えてくるんですよね。

少なくとも僕は自分の仕事を見直すときはそうしています。ちなみに僕は急なトラブルがない限り、18時前後に帰宅しています。休日出勤もほぼゼロ。

ただ、それは会社がそのような環境にしてくれているから可能であって、長時間残業が常態化しているような職場は組織全体で改革していかないとなりませんね。

とにかく、教師たちの声が上位団体に届いて改革されることを願うばかりです。これは教師のためというより、これから中学に上がる自分の子供のためというのが正直なところです。

我々保護者こそ、この問題に真剣に考えないとね。